2009年6月30日(火)
1号の試合

6/20 1号の試合でした。
決勝戦までいき、おしくも準優勝でした。
これで、すこし自信をつけてくれるといいなと。
決勝戦では、硬くなってしまい、本来のプレイが出来なかったようです。
メンタルと体力強化が課題かな。

2009年6月29日(月)
検査

25日の発作のあと、検査を受けることになりました。
昼に病院に入り、血液・尿検査・脳波検査と続き、ひたすらの待ち時間。
18時やっと呼ばれて、先生とお話。
学校のプールの授業は、念のため見学するようにとのこと。
今までどおりの投薬を続けて様子を見ることになりました。

2009年6月25日(木)
救急車

今日は大変でした。
子ども達が帰ってきて、テニスもない日だったので、家の前でBOYSが遊んでいました。
私は、仕事の後処理をしていて家の中。
突然、1号が血相を変えて飛び込んできました。
「ママ!2号が大変!!」
私は、ケガでもしたかと外へ飛び出しました。
すると、歩道にへたり込んだ2号が激しいケイレンをおこしていた!
発作だと思い、1号と二人で2号の名前を呼びまくりましたが、戻ってこない・・・。
パニクッた私は、2号を抱きかかえ、家に運びました。
めっちゃ重い。
でも、家に入ってからもケイレンしたままの2号。
パパに電話!かけまくるも、出てくれず。
1号に3号をたのんで、パパに電話し続けるように言って、救急車を呼ぶしかないと決意。
119にTEL。話中?2回かけても話中。3回目やっとつながり、救急車が来てくれることになりました。

1号が「ママ、2号が吐きそう!」
急いで、2号の元へいって、声をかけるけど、私の声に反応なし。
吐く事もできずに苦しそう。
そのうち、携帯がなり始め、パパでした。
「2号が発作で、救急車よんだ!」って言ったつもりだけど、何言ってるかわからなかったらしい。
サイレンが聞こえてきて、「1号、外に出て、救急車にこっちって言って!」
救急隊の人が入ってきて、少しホッ。持病の内容を伝えた頃、パパが帰宅。

パパと2号で救急車に乗り込み、獨協に運ばれる事に。

1号に3号と一緒に車に乗るように言っている私、まだ息切れが止まらない。
救急車が出発して、車に乗り込み、1号と3号を振り返ると1号が号泣していました。
「ごめんね。全部頼んで・・・。2号大丈夫だからね。」
1号が居てくれてほんとによかったと思いました。
更に3号が号泣し始め、1号の子守唄で眠かしつけてくれました。

しばらく、病院に向かって走っていくとパパから病院に着いたとメール。
またしばらくして、意識が戻ったとメール。
「はぁ〜」
でも、あまり言葉が出ないらしい。

やっと、私たちが病院についたら、少し話せるようになっていました。
血液検査後、点滴をうけて横になっている2号。
そばに行くと、ポロポロ涙をこぼし、「ママ・・」って声を聞けました。
ママは、毎日普通に生きてることにほんとに幸せを感じました。

数時間後、正常に戻り、帰宅。
家族全員、疲れ果てた1日でした。

2009年6月16日(火)
メモランツァ

何度もいてきているメモランツァ。
今年は、お客様大入りで、感謝感謝です。

2009年6月3日(水)

うれしかった日♪

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